一人でやってる社長の色々ブログ

好きなこと、趣味のこと、嬉しいこと、気になったことことなどを気楽にアップしていきます。

2012年8月17日金曜日

旅に出たい感。

異国にある見知らぬ街。そこで暮らす見知らぬ人の家を訪ねてみたい、と良く思うのです。まぁ、ここで言う「異国」とは大方米国あたりを指しているわけですけども。

例えば、だいぶ昔に行ったことがあるカリフォルニアのロス・アラモスという本当に小さな街。そこで泊まった安モーテルのランニング姿にサンダル履きのご主人。きっと家には若い頃の写真とか、子供さんたちの幼い頃の写真とかが飾られてあって、居間には読みかけの雑誌。台所にはお気に入りのシリアルの箱とか次の週末に開けようと思っているカリフォルニアワインなんかが置いてある。

そこでアーモンドの香りのするコーヒーなどを図々しくも頂きながら、ご主人に若かった頃の話や趣味の話、お子さんの話なんかをとりとめもなく聞く。有名人でも何でもない、異国の田舎町に普通に暮らす普通の人の「物語」。自分が自分の世界の中で過ごしてきた時間軸とは全く違うところでやはり流れていた時間軸にとても惹かれます。そんな旅をしたい、と思ったりしているのでした。

取りとめもない話ですみません。ていうか、この手の投稿ばっか。重ねてすみませんです。。

2012年8月1日水曜日

行きたいのです。あの街に。


最近ずっとサボってまして、超久々の更新です。
FBやTwitterから来てくれた方には
「ブログなんてやってたの?」
なんていう方もいらっしゃるかもしれません。
いやはや、まあその辺は適当に流して頂いて。

実はものすごく前に書いたこともあるのだけど、
またしても悶々とした心境に陥っています。

ロサンゼルス行きたい病が再発しました。
またしても。
ため息出てます。

実は2年ほど前に一度行っています。
人生の先輩であり、私の音楽的志向の師でもあるKさんと一緒に。
でもその時は残念ながら自分の都合で滞在期間を短くせざるを得なかった。
わずか3泊だったからね。
いやもちろん、3泊でも行けただけ幸せだったとは思います。
でも、3泊では個人的な旅の醍醐味、現地を拠点としたカリフォルニア無計画ドライブ旅行ができない。何せ着いた日は時差ボケで睡魔との戦いだし、出発前日はL.A.にいない訳にいかない。二日目にドライブ旅行に出てしまうと今度はL.A.市内を回る時間が極端に少なくなってしまう。

思えば2005年4月に結婚する前の2004年秋or冬、
または2005年2月くらいに無理してでも一人で行って来ればよかった。
当時は結婚することが決まって、「どこにそんなおカネがあるの!」的な、
見えない圧力があって(これカミサンに見られたら殺される)、断念したんだった。
独身時代、片手じゃ足りないほど通ったロサンゼルス。
本当は独身最後に一人で行きたかった。
安いチケット買って、総額10万円強くらいで行く旅行だったら行けた。

今はとてもじゃないけど無理。

4歳&1歳のミニラ&ミニミニラたちの世話をカミサンに任せて旅立つ(しかも遊びで)なんていう暴挙は決して許されない。やたらドタバタしているくせに一向に裕福になる兆しさえ見えない家計からはそんな費用は出る訳もない。いくらかの余剰が出たとして、それがダンナ一人でL.A.を満喫しに行く費用なんかには間違っても充てられないのは火を見るより明らか。行くには、自分が一人でL.A.に行ってもカミサンが怒らないくらいの収入が発生するか、それなりの収益を生むであろう仕事を向こうに作って行くほかありません。

こう書くと怪訝な顔をされる方も多いとは思いますが、
私は個人的に彼の地に「望郷の念」に極めて近い感情を抱いています。
そりゃ現地に住んでいる、または住んでいた方に比べれば非常に薄い結び付きです。
でも、初めて行った時からそう感じた、としか言えません。

初めてロサンゼルスに行ったのは、もう17年も前の1995年。
前述のKさんが5年の予定で赴任されていて、遊びに行こうと。友達と2人で。
奥さんが空港まで迎えにきてくれて、向こうでも色々連れて行ってくれて、
レンタカーで自分たちで運転してサンフランシスコにも行った。
楽しく過ごして乗り込んだ帰りの飛行機。忘れもしないシンガポール航空11便。
機種はボーイング747-400メガトップ。ゴーっと4発のエンジン音が響いて離陸して、
一気にロサンゼルスの街が眼下に見えてきた途端、何故か涙がボロボロ。
自分でも訳分からなかったけど、旅行であんな気持ちになったのは初めてだった。
その後も行くたびに帰りは同じような気持ちになった。さすがに泣きはしないけど。

あぁ、またあのロサンゼルス国際空港のいつも混んでる
トム・ブラッドレーターミナルのイミグレーションに並びたい。
入国管理官の、一見無表情だけどスタンプ押してくれる時にちょっとだけ見せてくれる
笑顔を見たい。スーツケースを必死の思いで見つけて、税関を風のように抜けて、
途中で180度ターンする緩やかなスロープを歩いて上がって到着ロビーに出たい。
レンタカー・オフィスに連れて行ってくれる、寒いほどエアコンが効いた
FMラジオが流れるオートマチック・シフトのシャトルバスに乗りたい。
レンタカーをピックアップして、ラ・シエネガ通りで市内を北上したい。
その途中でハンバーガー食べたい…。
書き始めると切りがない。

2年前、ラ・シエネガ通りを北上中。この辺はまだあんまり空港から遠くない。



その時乗ってた車。ダッジ・アヴェンジャー。

何か書くだけ書いてちょっとガス抜きができた感もあるので、
とりあえず仕事頑張るか。

2012年3月28日水曜日

父親に想う

今日、3月28日は自分の父親の32回目の命日です。

当時自分はまだ中学生。兄は大学生でした。
随分月日が経ち、徐々にその時の親父の歳に近づいてきた自分を
天上から親父はどんなふうに見てるだろう、と思う時があります。


自分と同じ役人の道を歩き始めながら辞めて方向転換したことを
根に持っているかも。同時に「もっと稼げ」って思ってるだろうな。

結婚は早くなかったけど、男の子2人の孫を目を細めて見ているに違いない。

めっきり歳を取った自分の妻、僕の母親を心配しているかも知れない。


…何だかんだ言って、年に何回かある節目の日であることは間違いありません。
 色々考えるけど、基本的には応援してくれていると思って踏ん張らなければ。

2011年11月16日水曜日

由紀さおりさん SAORI YUKI

数日前、歌手の由紀さおりさんが米国のジャズ・オーケストラとのコラボレーションで発表したカバー・アルバムの大ヒットのニュースを知りました。ブルーライト・ヨコハマや、ご自身の1969年のヒット曲「夜明けのスキャット」も収録されています。

今日の時点で検索して出てきたニュースの一つはこちら。


すごい、というか嬉しいのです。
「歌が上手な歌手」(よく見れば変な表現だ)が大好きな僕は、
数年前から由紀さんの歌声の素晴らしさを個人的に見直してまして、
特に「夜明けのスキャット」はシングル盤を探して手に入れたほどでした。
数年前に中古で手に入れました

ジャケットは二つ折りになっていて、広げると全身が!
































しかし「夜明けのスキャット」って響きだけでもロマンティックだけれど、
結構セクシュアルな題名だよなぁ。
スキャットって言えばスキャットだよなぁあれは(何を言ってる)。
それにしても今でもそうですが、歌声のきれいな事!
白く透き通ったシルクのようです。
サウンドは60年代の歌謡曲です。文字通り。
何が文字通りかって言うと、エコー感というか、響きに僕はその時代を感じるんですよね。
これはレコーディング・エンジニアの方か音楽関連のお仕事をされている方だったらわかるのかも知れませんが、何なんですかね。あの時代特有のエコー感というのは。
あの場末のスナックのドアの向こうから漏れてくるエコーのようにただ響くだけではなく、
渋みや艶があるというか、金属で言えば少し年月を経た真鍮のような品格がある響き。
当時の録音機材の特性なのかな。
ちょっと知り合いにその筋の人がいるので機会があったら聞いてみよう。

ところで由紀さおりさんと言えば、
昭和41年生まれの自分とっては土曜夜の8時 だヨ全員集合!に
よくゲスト出演されてたのを覚えています。ショートコントにも出ていて、
当日のゲストのアイドルに対向する年増の女性の役どころで
志村けんとからむ事が多かったような・・。
喋りも上手な印象がありますから、
きっと大いなるプロ根性を持った聡明な女性なのだと思います。

最 後にもう一言。ネットでニュースを見てると、
今回の由紀さおりさんの国際的なヒット、
特に「夜明けのスキャット」が英国で喝采を浴びた事に「今、なぜ?」とか「ヒットの不思議」
とかいうタイトルを付けている物が少なくないですが、
そういうセンスにため息を禁じえません。
いくら時が経とうがいい物はいい、い い歌はいい、いい歌手はいい。
「古いものはダメ」という固定観念を感じますね。

音楽は消費されるものではないと考えています。
時が経つのは自然の摂理だか ら仕方ありませんし、
現代でももちろん新しく素晴らしい音楽があふれています。
でも、時を経た楽曲でも「良いもの」はいつでもどんな時代でも
大きく評価さ れる可能性を帯びているし、そうあるべきだと思っています。
全っ然不思議じゃありませんよ。

2011年11月2日水曜日

Sunset Strip 1964

Youtubeで見つけた映像です。

1964年のLos Angeles、Sunset Blv(いわゆるサンセット大通り?)の
鮮明なカラー映像です。
まずはご覧下さい。



95年に初めてアメリカに行って以来、15回ほど訪れているロサンゼルス。
行くたびに必ず1回や2回はレンタカーで走る道です。

撮影されたのが何曜日の何時頃かわかりませんが、
最近に比べると車が少ない!走りやすそう!

街並みは正直今とそんなに変わってないのかなぁ、と思いましたが、
向こうに住んでいる知人に見てもらったところ、建物はほとんど
変わってしまっているそうです。自分の記憶力も大したことありません・・。

走っている車はさすがに時代を反映してますよね。
今ならいくらするかわらないような車がゴロゴロ走ってます(当たり前だ!)。

でも、実は車や景色もさることながら、映像の端に映るごく普通の人が
歩く様子に「どんな事考えながら歩いてて、この後どこに行ったのかな」とか
道端のゴミらしきものに「誰がどんなふうに捨てたのかな」とか、
「1964年にそこで確かに間違いなく生きていた普通の人の息づかい」
に思いを馳せてしまいます。

絶対に戻れない、行くことのできない世界を見ているからですかね。。

2011年11月1日火曜日

アメリカの家???Ⅱ


 
全国8人くらいの読者の皆様、お久しぶりです。

タイトルで「ははーん」と想像つく方もおられるかと思いますが、
以前こちらで紹介した事もある長野市の輸入住宅ビルダー、
藤岡備建さんの新しい作品のお話です。
場所は長野県須坂市。長野市の北東に隣接する「蔵の町」です。

やや時間が経ってしまいましたが、10月の最初に見学会を開いたので
ちょっとだけお手伝いに行ってきました。
今回のお宅も素晴らしい仕上がりです!。

水廻り設備や空調機器を除く建材・部材のほとんどをアメリカ・シアトルから
直接輸入しているので、外装や室内はまんま「アメリカの普通の家」。
しかも、ガレージを2つ備えているという贅沢さ!!

ちなみにこのお宅にお住まいになるKさんのご主人、非常にこだわってます。
照明や家具までアメリカから輸入しちゃってます!
でも、高い配送料で向こうのお店に送ってもらう、なんてことはしてません。
ネットで向こうのショップで売ってるアイテムを藤岡備建さんの現地スタッフが購入をお手伝い、
建材の輸入と同時に運んできちゃう、というスゴ技を展開したのでした。

Kさんが理想をする家を求めて何と4年。
「完璧です。1ミクロンの狂いもない」(Kさん原文ママ)
-と言うくらい満足されているのでした。

何とデュアル・ガレージ。いいなぁ

青空に良く似合うフォルム。
照明や家具はアメリカからの直輸入です








































いつもながら雰囲気あふれる洗面台

螺旋を描く階段も素晴らしい






















そのKさん、先日親戚やご友人を招かれての新築祝いを開かれたのですが、
その席に何と私もお招き頂き、「いいのかなぁ」と思いつつもお邪魔してきました。
せっかくなので雰囲気がわかる写真を何枚か御覧下さいあそばせござる(←今深夜なので不調)


当日の食材は何とコストコで仕入れたとか!

ソウセージ

う、うまそう。コンロもアメリカの定番品

巨大ティラミス。スプーンで取り分ける

これは!ファイヤーキングを普段使い!





































































Kさん、当日は大変お世話になりました。ありがとうございました!


2011年9月19日月曜日

CHUCK JACKSON - ANY OTHER WAY ( WAND 141-B )

こんにちは。
ちょっと投稿テストです。
これでちゃんと更新できるのかな。

何しろおっさんだからなぁ。



紹介したのはChuck Jackson というシンガーの、中でもとても好きな曲です。
抑揚の付け方がすっごい好き。
心に響くのです。